インストラクションについて思う

数日前、小学校で教師に怒られた生徒が自殺したという出来事があり、その遺族が教師を批判するような会見をテレビで報道しているのを見ました。とてもやりきれない気持ちでの会見だったのかも知れませんが、教える側もこれではやりきれないと感じた人は多いのでは?親しい知り合いが教師をしている市だったのでなおさら興味深く見てしまいました。

私は気球のパイロットトレーニングをすることがあります。正直言って、かなりストレスを感じる場合があります。そのPU/T(パイロットアンダートレーニングの略で、トレーニング生を意味します)の性格やバックボーンをよく知っている場合はそれほど大きなストレスは感じないのですが、時々、まったく知らないに等しい人のトレーニングをする場合とても緊張します。

以前、トレーニングをしていたPU/tに離陸前のセッティング等で注意をすると、切れてつかみかかられたことがありました。もちろん私の言い方その他悪い部分があったのかもしれませんが。人と人が関わり合う中で、インストラクターとPU/tとの関係は神経を使わざる得ない部分でもあります。

気球のパイロットトレーニングのような技術指導はまだ楽な部分だと思います。インストラクターはたまに、圧倒的な技術の高さを見せつけることで、その違いをPU/Tに示すことが出来るからです。技術レベルを高めるためのトレーニングでもありますから。しかし、それだけではないメンタルな部分が多い関わりではなかなか難しいでしょうねぇ・・・

かつて、教える側と教えられる側の明確な力関係が当たり前の世の中で育った人たちが普通だった時代、ある種、頭ごなしにに教えるという手法がとれたのかもしれません。しかし、今のように過剰に保護されて育った人たちや、人権だとか論理だけが一人歩きする状況だと色々難しい部分が増えているように思います。

これからは今までと違った部分で、色々大変かもしれません。
[PR]
by airspace_balloon | 2006-03-20 16:36 | 気球一般
<< 小千谷のDBIログ 今日の天気は・・・野焼きは・・・ >>